ばったり床几に
腰掛けて

京町家まちづくりファンド 助成実績紹介エッセイ vol.04 / 2021-10-29

書き手:九龍 ジョー

京町家まちづくりファンド改修助成事業 平成20年度(2008)選定の京町家『才本邸』を、九龍ジョーさんと訪ねました。

九龍ジョーさんは、主にポップカルチャーや、伝統芸能などに関わる原稿執筆を手がけるライターです。編集者としての顔も持ち、これまでに書籍、メディアなどで編集を多数手がけられています。

そんな九龍さんと、地域の行事や、様々な活動の拠点として開かれている才本邸に伺い、所有者の才本さんをはじめ、才本邸で定期的に活動をされている「子どものよりよい育ちを支える会」の西村奈美さんと福永藍さん、「すっきり会」の田井中麻美さん、内藤真澄さんのお話を伺いました。

地域に根差す文化を多様な角度から見つめてこられた九龍さんに、才本邸で触れた京町家の在り方や、そこでの日常について、感じたことをエッセイに綴っていただきました。

深夜バス、京都、鴨川――。これは友人のシンガーソングライター、前野健太の「鴨川」という曲の一節だ。東京から京都へ向かう旅路で頭をよぎるベストテン第1位。なにせ、若い頃は何も考えず深夜バスを使っていた。とにかく安い4列シート。年齢を重ね、3列シート。だが中年となったいまは、迷わず新幹線に乗っている。翌日、身体が使い物にならなくなってしまうことは明白だからだ。

なんと今回はのぞみ号グリーン車。最近知ったのだが、ネットで3日前までに予約すれば、普通車両と同じ料金でグリーン車を選ぶことができるサービスがあるのだ。幼い子ども二人を連れての移動なので、これは助かった。上の子もまだ3歳だ。京都駅に着き、エントランスを出た瞬間、上の子が「あっ!」と歓声を上げた。

「パウ・ステーションがある!」

違う! それは京都タワー!

ちなみにパウステーションは、子犬たちがガジェットやビークルを駆使して問題を解決するアニメ「パウ・パトロール」に出てくるタワー基地の名前だ。まあ、プロポーションとかほんのちょっと似てはいるんだけど。そういえば、前野健太には、京都タワー地下3階の大浴場を歌った「タワー浴場」という名曲もある。だが、このタワー浴場こと正式名称「京都タワー大浴場〜YUU〜」は今年6月、57年間続いた歴史にピリオドを打ち、閉場してしまった。

京都駅そばのホテルにチェックインすると、子ども二人は妻に託し、バス停へ向かった。アプリによれば、目的地への最適解はバス移動だ。しかも、バスだけでいくつものルートが示されるところが京都らしい。碁盤の目をどう通るかだけの違いなのだろう。大通りでバスを降り、少し歩いて、路地へと入る。風情のある町家の前で、編集者が待っていた。ここが目的地、才本邸。「ばったり床几」と呼ばれる折りたたみ式の腰掛けがある佇まいは、一見、何かの店のようでもあるが、れっきとした個人宅だ。

風とともに子供たちが飛び出す

ガラガラと玄関扉を開け、中に入ったとたん、懐かしい匂いにつかまれる。懐かしい、といっても初めての場所だ。畳や土壁の色合い、木の家具の温かみ、庭から差す光の加減。学生の頃に住んでいた平屋の文化住宅とも違う。それでもこの場所をずっと前から知っていた。そんな気がする。なぜだか妙に落ち着くのだ。

この日は木曜日。毎週木曜は、学校の終わった子供たちがこの家にやってきて放課後を過ごす日だそうで、しばらくすると、女の子たちが三三五五集まってきた。ランドセルを下ろし、台所で並んで手を洗う。そこまで手順を済ませると、あとは我先にと走り回る。

「何年生?」
「小4!」

ドスドスドスという足音に合わせ、家全体が脈を打つ。空間に生命が吹き込まれる。いつのまにか二つのグループに分かれた彼女たちが、それぞれちゃぶ台で何かを書き始めた。

「何を書いてるの?」
「宿題やってんの!」
「あっちは?」
「宿題をやらない子たち!」

庭のメダカを分けてもらいに、男の子もやってきた。早くも宿題を終わらせたか、それとももう飽きたのか、今度は屋根裏部屋からもドスンドスンと大きな音が降ってくる。

子どもたちを見守る大人は、「子どものよりよい育ちを支える会」代表の西村奈美さんと福永藍さん。便宜的に会の名前をつけてはいるが、「みんなの『やりたい!』を実現するため」に子どもたちとその保護者を中心に緩やかに集まってできた会だという。

才本邸を借りるようになったのは、2年ほど前のこと。さらに遡ること5年前の夏休み、子どもたちが町家で過ごすという体験イベントで才本邸を知った西村さんが、毎週放課後の子どもたちの居場所としてこの家が使えないか、と考えるのは自然な流れだった。さっそく相談をしたところ、家主の才本さんは「どうぞ、どうぞ」とあっさり快諾。才本さんからの注文はたった一つだった。「火の元には気をつけてくださいね」。

ゴロゴロしたり、宿題をしたり、ボードゲームをしたり、軒先の路地でリレーをしたり。来たい子が来て、やりたいことをやる。たまにフラワーアレンジメントのワークショップなどもやるが、それも基本的に「みんながやりたいから」というのが開催理由。でも、きっとミソは、この空間が「とくにやりたいことがなくても、なんとなくいられる」ところにあるのではないかと思う。数時間しか滞在していない私でもそう感じられるところに、この家の本領がある気がしてならない。

実際、子どもだけでなく、大人たちも家や職場での役割から解放されて、この家でくつろいでいる側面も大きいと西村さんは言う。

また、別の曜日には、「すっきり会」という不登校の子どもの親たちが集まる会も開催されている。こちらの主宰者である田井中麻美さん、内藤真澄さんにも話を聞くことができた。やはりこの家の持つ柔らかな空気が、悩みや不安を抱えた親にとって、安心感に繋がっているのではないかとのこと。

「外で遊ぼう!」

一陣の風が吹き抜け、子供たちがいっせいに路地へと飛び出した。始まったのは「はないちもんめ」だ。古いものも、新しいものも、当たり前のようにここにはある。

「えらいことになった!」空き家を購入した父の想い

日を改め、才本邸で、家主である才本隆司さんに話を聞かせてもらった。

この家が建てられたのは、おそらく大正から昭和初期ではないかとのこと。才本さんの実家はすぐ近くにあり、才本さんのお父様の記憶によれば、戦後すぐ、この家には、一階と二階に別れて二つの家族が暮らしていたそうだ。二階といっても、いまでは屋根裏部屋だ。雨露がしのげれば十分という時代、共同井戸で水を汲み、七輪でご飯を炊き、残り火でおかずを煮て食べる――そんな生活だったのでは、と才本さんは想像する。その後は長らく一人のおばあさんが住み続けていたが、この方が半世紀ほど前に亡くなり、その後は30年ほど空き家に。その間も、地蔵盆の時期になると、この家は会場として使われていたという。

東京の官庁に勤めていた才本さんは、2000年に京都へと帰ってきた。ふとしたきっかけで「近くの空き家、耐震とか大丈夫かいな」と軽く話題にすると、「実はなぁ――」と父親がある告白をした。才本さんが京都に戻る少し前のこと、空き家となっている現・才本邸を土地所有者が処分するというので、父親は土地ごと空き家を購入したのだという。だが、そのことは息子である才本さんには黙っていた。言えば叱られるかもしれないと思ったのだ。

どうしてお父様はこの家を買ったのか。住むための家ではないのに。

「さあ、どうしてでしょうね? でも、処分すると聞いて、『これはえらいことになった!』と思ったみたいですよ」

そう話す才本さんも、やはりこの家に、大幅な修繕の手間をかける。それも単なるリフォームではない。京都市景観・まちづくりセンターや古材バンクの会(現・古材文化の会)などの支援を仰ぎながら、伝統構法を生かしたやり方で、現在の才本邸の姿を作り上げた。

以降、この才本邸は、引き続き地蔵盆の場となり、また町内会の寄合や、子どもたち、親たちの憩いの場として使われている。いずれも商売ではない。才本さんの厚意により、場所として提供されているというのが実態だ。才本さんが笑いながら言う。

「私も使ってるんですよ。昔の同級生や同僚たちとの飲み会の場所として。これがちょうどいいんですわ」

たしかに、ここで庭を眺めながら一杯やれたら最高だろう。

「だからね、みんな、ここで私に店をやれって言います」

6年ほど前、才本さんのお父様は大病で入院した。退院後、介護用に実家をバリアフリー化することとなり、そのための工事の間、一時的にお父様がこの家で生活することとなった。それほど日をかけずに工事は終わったが、お父様は実家に戻ることを拒み、そのまま半年ほどこの家で暮らし続けた。いまあるタンスなどの生活用具は、その時期、お父様のために持ち込まれたものだという。

「『親父がいるから、飲み会ができないよ』って文句言ったら、『障子閉めて、やったらええがな』って言うんですよ」

4年前に亡くなられたお父様の写真のそばに、色褪せたチンチン電車の写真が額に入れて置かれている。これは? と聞くと、才本さんは父親がかつて京都市電の運転手だったことを教えてくれた。

「京都駅発烏丸車庫行き、最後の運転手だったんです」

かつて京都の街中を路面電車が走っていた時代があった。私はそれを記録でしか知らない。しかし、才本さんの口ぶりから、それが息子である才本さんにとっても実に誇らしい仕事であったことはわかる。そして才本さんが、父親から、この家だけでなく、言葉にならないたくさんのものを受け継いだであろうことも。

改めて才本邸を外から眺めてみる。玄関脇のばったり床几に、在りし日の京都市電のベンチシートを幻視した。いまはここで、遊び途中の子どもが順番待ちをしたり、デイケアサービスに行く途中のお年寄りが一休みしたりする。誰もがここに腰をかけることができる。そして一時、なんでもない時間を過ごすのだ。

【終】

この記事に登場する『才本邸』の空間と文化を次の時代に受け継ぐため、京町家まちづくりファンドが資金面を支援し、外観改修工事を行いました。

こうした京町家を1軒でも多く残していくために、当ファンドは皆さまからのご寄附を募集しています。

この記事をシェアする: